Warning: Use of undefined constant ddsg_language - assumed 'ddsg_language' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/shibabiz/eastwesttrends.com/public_html/wp-content/plugins/sitemap-generator/sitemap-generator.php on line 45
あの日の揺れ、東日本大震災のトモダチ作戦、そして米軍を動かした日本人医師の活躍 | カメさんの頭ン中

カメさんの頭ン中

*

あの日の揺れ、東日本大震災のトモダチ作戦、そして米軍を動かした日本人医師の活躍

   

5年前の2011年3月11日、あの大きな揺れ、東日本大震災ではトモダチ作戦が大きな成果をもたらしたことはよく知られている。大量の食糧品、衣類などが輸送されたことテレビでも取り上げられたほどだ。しかし意外に知られていないのは、医薬品の輸送である。あの揺れのあと多くの人が負傷し、医薬品が不足していた日本に、医薬品を輸送させたのはある一人の日本人医師有井麻矢医師(当時31歳)である。

米軍を動かした有井麻矢医師

東日本大震災が起きた後、東京の日本医師会には製薬会社の協力もあり医薬品が集まった。しかしここで問題だったのが、東北まで輸送する手段がなかったことだ。日本の自衛隊からは良い返答はなく、当時ライフラインはとまり、仙台空港も津波にのみこまれた。そのため、輸送できない事態に陥っていたのである。この時、米軍に直接交渉したのが有井麻矢医師である。彼女は当時、米エール大学に所属しており、人道支援組織のメンバーとして3月15日に日本へ入国している。輸送手段に困り果てている日本医師会の幹部に「米軍に協力要請でいるかもしれません」と提案したのだ。もちろん、日本医師会が即座にその提案を受け入れた。

米国を出発する前に大学の同僚から紹介された人々に電話、メールを送り続け、その結果アメリカ大使館から返事がきたのだ。そこで、彼女が交渉した結果、米軍による輸送が19日になる。震災が起きたのは11日、輸送が19日、すでに1週間は経過している、時間に余裕がない。しかし輸送の前日に問題が起きたのである。これもアメリカならではと言いたいが、書類の準備である。「USAID(米国際開発局)が最終的に承認しなければ、われわれは動けない」という横田基地からのメールが来たのである。要は輸送要請の申請書にサインしてほしいとのことだ。こういう緊急時でも書類、サインがないと動かない、いや、動けないアメリカ。

しかし、彼女は必死に準備をし、1時間後にはGOサインとなったわけだ。

医薬品の量8.5トン、これが岩手県の花巻空港に輸送され、自衛隊が陸での輸送を引き受けた。ここで、物があっても医療を提供する人々が不足していた事実もある。日本全国から医師やナースがボランティアで被災者の医療を手掛けていたのは周知のとおりである。

東日本大震災では、その被害の映像が大々的に人々の心に残りやすい。しかし、こういう災害時の裏で、必死にニーズとプライオリティーを考え、行動に移した人々の功績はすごい。

※有井麻矢医師(当時31歳)ハーバード大学救急科医師、専門は国際救急、慶応医学部卒業。

 - 未分類, 生活