Warning: Use of undefined constant ddsg_language - assumed 'ddsg_language' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/shibabiz/eastwesttrends.com/public_html/wp-content/plugins/sitemap-generator/sitemap-generator.php on line 45
榊原郁恵の夫、渡辺徹は二枚目俳優からお笑いに変更した理由 | カメさんの頭ン中

カメさんの頭ン中

*

榊原郁恵の夫、渡辺徹は二枚目俳優からお笑いに変更した理由

   

榊原郁恵の夫と渡辺徹は今ではお笑いのイメージが強い。しかし芸能界デビュー当初はイケメン二枚目俳優としてデビューしたのだ。なぜお笑いへ転じたのだろうか。

俳優になった理由

小学校、中学校、高校と生徒会長を務めた渡辺徹。高校生の時に茨城県の県下の高校生を集めてイベントを行うなど活発に活動していた。みんなで何かを作ることに興味を抱いた彼が劇団というものを知ったのもこの頃である。何のコネも、知識もない彼は田舎でアマチュア劇団主催者のおじさんに相談をしたのだ。その時にやるなら中途半端はやめて、演劇界の東大といわれる文学座へ行くようアドバイスを受け文学座の門をたたいた。文学座といえば芸能界の中でも敷居の高い劇団で有名だ。個々の出身者に中村雅俊、桃井かおり、松田優作、田中裕子などそうそうたる大物役者が名を連ねる。今の渡辺徹のイメージからは想像もつかないが、文学座出身の俳優なのだ。

二枚目俳優と言われた渡辺徹

180㎝細身の長身の体型をしていたさわやかな笑顔を持つ彼は、グリコアーモンドチョコレートのCMに起用されている。その中でさわやかな青年を演じる彼は当時とても好印象を持つ俳優として人気を集めた。このグリコのアーモンドチョコレートのCMではカリッとアーモンドチョコレートを食べるシーンが必ずある。毎回人気のある女優やアイドルが起用されている。ちなみに1970年代は三浦友和、1980年代は田原俊人、松田聖子、そしてこの1980年代に渡辺徹と共演したのは小泉今日子である。

あの有名な「太陽にほえろ」で変化した渡辺徹

刑事ドラマ「太陽にほえろ」は1972年7月21日から1986年11月14日まで放送された熱血刑事ドラマである。この中で渡辺徹はラガー刑事を4年間演じる。この「太陽にほえろ」では役者がそのドラマを去るときは、その役者が演じる刑事が殉職されるシーンがある。最後の殉職シーンは役者がその設定を決めることができるのだ。当然彼がこのドラマを去るときは、ラガー刑事が殉職されるシーンがある。つまりこのシーンの内容は渡辺徹が決めたわけだ。4年間ラガー刑事を務めた渡辺徹だが、このドラマの中で彼はみるみる体重が増えた。当時180㎝70㎏だった彼はドラマを去るときには100㎏を超えていたという。彼の変貌ぶりが面白い。

「太陽にほえろ」で松田優作と出会う渡辺徹

彼はこのドラマで松田優作と出会う。劇団の先輩である松田優作もこのドラマで刑事役で出演している。松田優作演じる刑事が犯人を追いつめるとき、「こら、白状しろ!」という前に鼻を軽くすする演技がある。このようにしたほうが迫力や説得力が増すということで松田優作が自ら考案したアイデアである。しかし、このドラマで松田優作が去るとき、彼はこの鼻をすする演技を渡辺徹に渡すといったエピソードがある。しかしこれはもともと松田優作が作り出したものであり、彼の演技である。そのため渡辺徹が使うことができなかったのである。

「太陽にほえろ」をやめようと思った理由が渡辺徹らしい

ドラマのシーンで砂山を駆け上がるシーンがあったのだ。その当時刑事役をしていた仲間に神田正輝、世良公則、三田村邦彦がいた。みんなで犯人を追いかけ、砂山を駆け上がるシーンがあった。ほかの刑事たちはスリムで難なく砂山を駆け上がることができたのだが、渡辺徹だけなぜか一人あり地獄のようにもう少しのところで登り切れなかったのである。何度もNGを出しのは有名でる。これがきっかけとなり彼はこのドラマを去ろうと決めたのである。確かに4年間で30キログラムも増えれば、走るシーンはきついだろう。

まとめ

いかがでしたか?渡辺徹はデビュー当時は二枚目俳優としてさわやかな空気を運ぶ青年として大人気だった。しかしみるみる体重が増えイケメンという言葉からどんどんかけ離れていったのである。彼が話し出すとその場が笑いの渦に巻き込まれる。これは彼が話を面白おかしく伝えることができるため、ある意味こういった才能はバラエティーなどでは使われやすいのだろう。今後の渡辺徹にも期待したいところだ。

 - 気になる