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タモリの才能にいち早く気付いた人は奥さんだった | カメさんの頭ン中

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タモリの才能にいち早く気付いた人は奥さんだった

   

タモリといえば、あの長年続いた「笑っていいとも」が真っ先に頭に浮かぶ人は多いだろう。毎日違うゲストが招待され、客席の目の前で会話が繰り広げられるのだ。どことなくつかみどころのないタモリだが、だからこそ凄い人なのだ。どんな形にも柔軟に対応できるというわけだ。つまり、その場の雰囲気や相手の雰囲気に合わせて自分を自然に合わせることができてしまう。しかしそうしている自分にタモリ自身きずいていないだろう。この技は、引き出しを多く持つ人でないとできない。そしてその引き出しは長い時間をかけて多くの人生経験をしたからこそ増えたのであろう。

タモリができるまで 1

タモリが吉永小百合に会いたくて早稲田に入学したのは有名だ。随分と妙な進学動機だが、その夢にまで見た早稲田の学生生活も2年未満でで終止符を打つことになるとはタモリも想像もしていなかっただろう。友達と旅行に行く費用をタモリが立て替えたという心温まるエピソードが原因だ。学費に充てていたお金を友達のために立て替えたものの、返ってこなかったため学費が払えなくなってしまったことが大学中退の理由だ。でも、それがあるからこそ今のタモリがいるのだろう。大学を普通に卒業していたら違う人生を歩んでいたかもしれない。大学を中退した後にした仕事の中に喫茶店がある。これは知る人は多いだろう。そこで客に「お前にコーヒーの味がわかるのか?」と聞いてしまったことがある。なんとこの時の客が武田鉄矢なのである。その時素直に聞きたかった質問なんだろう。しかし今の時代にそんなことを客に聞いたら文句をいう客が多いだろう。そして保険会社で働いていた時に今の奥さんと知り合うことになったのだ。芸能界に入る時にはすでに結婚していたのだ。出会った当時、まさかタモリが芸能界でここまで有名にあるとは想像もしていなかっただろう。いや、タモリの意外な才能に気が付いてこの人の人生は凄いものになると確信したのかもしれない。タモリを夫に選び、ともあれ大正解だ。決して表に出てこないが、品のある、素敵な美人な女性である。所ジョージの結婚式で夫婦で仲人をした時に週刊誌に写真が掲載されたことがあるが、それ以外ではもっぱら表に出てこない控えめな女性である。子供はいない。

タモリができるまで 2

タモリの芸能会の恩人といえば天才バカボンで有名な(故)赤塚不二夫さんだ。この人の家に1年居候していたのだ。すでに結婚していたが、奥さんはこの時福岡で生活している。当時の日本社会でこういう状況下で夫のために別居を選択し陰ながら夫の成功を支えるとは、凄い女性だ。赤塚不二雄さんがタモリの才能にきずき、どうしても繋ぎ止めたかったのは、彼の行動をみれは一目瞭然だ。当時赤塚不二夫さんは自分の自宅(家賃15万円)や車(ベンツ)や服を自由にタモリに使わせていたのである。しかも、当の赤塚不二雄さん本人は、仕事場で寝泊まりしていたというのだ。ものすごい待遇をタモリは受けていたのである。才能にきづいてもらえる人に出会えたタモリは実に運がいい。そしてタモリの凄さは、凄い才能というのは、赤塚不二夫さんの告別式でタモリが弔辞を読み上げた時にすべてがわかる。これはその当時テレビでも放送された。タモリはこういったのだ「私もあなたの数多くの作品の一つです」と。当時すでに有名になっていたタモリだが、けして有頂天になっていない。真摯な態度で控えめな言葉で相手を敬う気持ちが凝縮されている。しかも、この時手に持つ弔辞を読み上げていると思いきや、白紙であったという説が強い。前もって言葉を準備していなくても、出会った時からの人生を凝縮してとっさにあれほどの言葉を冷静に伝えることのできるタモリ、彼の才能は無限大だ。

これからのタモリ

タモリは2015年、70歳だ。70歳に見えないくらい若々しい。それは今でも好奇心旺盛だからだ。これまで歌番組やお笑いなど数多くの番組の司会を長年務めてきたがゆえに磨かれてきた感性と関係があるかもしれない。司会は誰でもできるものではない。事前の情報収集は大切である。若いアーティストの歌、リズム、歌詞の意味など、歳のいったタモリが耳にして楽しいとか、面白いとかを感じるには、それなりに自分の感性を若い水準に維持しておくことは必要なのだ。常に自分に良い刺激を与え続けているからこそ維持でいる若さであろう。昔「笑っていいとも」のゲストに出演した小沢健一の歌詞を褒めた。タモリはこう言ったのだ。「俺、長年歌番組やってるけど、いいと思
う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん」 日本にはビッグスターといわれる歌手がいる。長年大ヒットを生んでいるグループもいる。しかしそういう人たちを差し置いてあまり目立たない彼の歌詞が一番いいと褒めるところにタモリの感性を垣間見る。周りに流されない人だ。いつまでもタモリ流の感性を維持して芸能界に違った風を時々注ぎ込んでほしいと願う。

まとめ

いかがでしたか?タモリはほかの芸人とは少し違う才能を持っている。お茶の間を笑いに変えつつもタモリから発する言葉や行動、雰囲気には彼の頭の良さを垣間見る。自分の才能を開化させてくれる人に出会うことができてタモリは運がいいのである。周りに流されない「自分色」をきちんともっている芸人は果たしてどのくらいいるだろう。決して多くはない。タモリはその中の一人であることは間違いない。

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